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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24796号 判決 1994年10月28日

原告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

深井剛良

<外五名>

被告

オリックス株式会社

右代表者代表取締役

宮内義彦

右訴訟代理人弁護士

林彰久

右同

池袋恒明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

東京地方裁判所が同庁平成四年(ケ)第二〇五一号不動産競売事件につき、平成五年一二月一二日に作成した別紙配当表の「交付額内訳(円)」欄の「現金」欄のうち、被告に対する現金交付額が七六万六〇九四円とあるのを七一万六四九四円に、原告(高崎税務署)に対する現金交付額が一九〇万六五〇〇円とあるのを一九五万六一〇〇円に、それぞれ変更する。

第二  事案の概要

本件は、原告(高崎税務署)が提出した交付要求書の記載につき、その交付要求の効力の及ぶ延滞税の範囲について、執行裁判所の判断が誤っているとして、原告が配当異議の訴を提起した事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、平成四年七月三日、債務者A(以下「滞納者」という。)所有にかかる別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に対し、その抵当権(平成二年四月二五日登記)に基づく不動産競売の申立てを東京地方裁判所になし(平成四年(ケ)第二〇五一号)、同裁判所民事第二一部裁判官(執行裁判所)は、平成四年七月六日、不動産競売手続開始決定をし、同月一七日、差押えの登記がなされた。

2(一)原告(高崎税務署)は、平成四年九月一四日現在、滞納者に対し、別紙租税債権目録記載の租税債権(以下「本件租税債権」という。)を有していた。その合計額は三二四万九三〇〇円であった。

本件租税債権の内、昭和六三年度分申告所得税の本税の滞納残額は右平成四年九月一四日現在で一万九〇〇〇円であったが、これは、別紙滞納額推移表記載のとおり、もともと平成元年五月三一日の延納期限時において二二万円であったものが、その後三回にわたる一部納付により逐次減少し、その結果、一万九〇〇〇円となったものであった。

なお、延滞税を併せて納付すべき場合において、一部納付があった場合には、その金額はまず延滞税の計算の基礎となる本税に充当され、本税の完納があった後にそれまでの延滞税に充当されるものとされている(国税通則法六二条二項)。

(二)  高崎税務署長は、平成四年九月一四日、本件租税債権を徴収するために、国税徴収法六八条の規定に基づき、本件不動産を差し押さえ、同月一六日、その旨の登記を受けた。

(三)  高崎税務署長は、平成四年九月一六日、執行裁判所に対し、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(以下「滞調法」という。)二九条二項及び国税徴収法八二条一項に基づいて、別紙「差押(通知)書及び交付要求書」(以下、単に「本件交付要求書」という。)を送付し、本件不動産を差し押さえた旨の通知をするとともに、交付要求をした。(甲2)

(四)  本件交付要求書本文には、その交付要求にかかる滞納国税等として「別紙目録1のとおり」と記載されており、そして、その「別紙目録1」の「延滞税」欄には具体的な金額ないしはそれが算出できる事項(数字等)は記載されておらず、単に「要」「〃」とのみ記載されていた。

なお、本件係争になる昭和六三年度分申告所得税の記載は、次のとおりであった。

「年度 六三年度

税目 申告所得税

納期限 平成元年五月三一日

本税 一万九〇〇〇円

加算税 (記載なし)

延滞税 要

利子税 三三〇〇円

滞納処分税 (記載なし)

備考 (記載なし)」

(五)  なお、前記のとおり、滞納者の昭和六三年度分申告所得税はもともと二二万円であり、それがその後三回にわたる一部納付により逐次減少した結果右の一万九〇〇〇円となったものであったが、そのことは本件交付要求書にはなんら記載されていなかった。

3  本件不動産は、平成五年一〇月四日、代金三二九三万円で被告に売却され、配当期日が同年一二月二一日と定められた。

4(一)  高崎税務署長は、配当期日前日の平成五年一二月二〇日、執行裁判所に対して、原告の有する本件租税債権の額を、別紙滞納現在額計算書(以下「本件計算書」という。)のとおり通知した。

(二)  本件計算書には、配当期日である平成五年一二月二一日現在において、本税として合計二四六万七三〇〇円、延滞税として合計一二二万一三〇〇円、利子税として三三〇〇円の記載があった。

そして、本件係争になる昭和六三年度分申告所得税として、次のように記載されていた。(甲4)

「年度 六三年度

税目 申告所得税

納期限 平成元年五月三一日

本税 一万九〇〇〇円

加算税 (記載なし)

延滞税 五万六一〇〇円

利子税 三三〇〇円

滞納処分税 (記載なし)

計   七万八四〇〇円

法定納期限等 平成元年三月一五日」

(三)  右延滞税五万六一〇〇円は、前記のとおり、当初二二万円であった本税の額がその後逐次減少していったため、これに対応して、国税通則法六〇条二項の規定に従い、次のとおり計算されたものであった。

22万円×7.3%×61日(161〜1731)÷365日

+22万円×14.6%×201日(181〜2217)÷365日

+21万円×14.6%×136日(2218〜273)÷365日

+11万円×14.6%×482日(274〜31028)÷365日

+1万円×14.6%×785日(31029〜51221)÷365日

=5万6100円(100円未満切捨て。)

(四)  本件交付要求書と本件計算書を比べると、その大きな違いは、本件交付要求書ではその「延滞税」欄に具体的な金額が記載されておらず、ただ単に「要」「〃」と記載されているのに対し、本件計算書では具体的な金額として「五万六一〇〇円」等と金額が記載されていたことである。

5(一)  執行裁判所は、平成五年一二月二一日の配当期日において、別紙配当表(本件配当表)を作成した。

(二)  執行裁判所は、本件租税債権の内、滞納者の昭和六三年度分申告所得税の延滞税についてその交付要求の効力が及ぶのは、本件交付要求書に記載された本税額一万九〇〇〇円に対する法定納期限の翌日である平成元年六月一日から右平成五年一二月二一日までの期間に応じて計算された六五〇〇円であるとして(本件配当表注1参照)、高崎税務署長の計算に係る前記延滞税五万六一〇〇円を右の限度において認め、その差額四万九六〇〇円を認めず、結局、原告(高崎税務署)に対する交付額を一九〇万六五〇〇円と、次順位の被告に対する交付額を二九八四万〇〇九四円(内現金交付額七六万六〇九四円)とした。

(三)  しかし、原告(高崎税務署)は、右配当期日において、滞納者の昭和六三年度分申告所得税の延滞税についてその交付要求の効力が及ぶのは真実の延滞税額五万六一〇〇円であるとして、異議を述べ、本件配当表記載の原告への現金交付額が一九〇万六五〇〇円とあるのを一九五万六一〇〇円に、被告への現金交付額が七六万六〇九四円とあるのを七一万六四九四円に、それぞれ変更するよう申し出たが、被告がこれに同意しなかったため、同期日において異議は完結しなかった。

二  原告の主張

1  国税債権者が国税徴収法八二条一項に基づいて行なう交付要求は、交付要求書によって行なうこととされており、国税徴収法施行令三六条一項は、交付要求書には「交付要求に係る国税の年度、税目、納期限及び金額」等を記載すべき旨を定め、国税徴収法施行規則三条はその書式を「別紙第七号書式」と定めている。

そして、右第七号書式の「本税」欄には交付要求書作成時の未納本税額を記載すべきであり、また、「延滞税」欄には、その延滞税の額が既に確定している場合にはその確定金額を記載すべきであるが、その延滞税の額が未だ確定していない場合には、確定金額を記載することなく、将来国税通則法の規定に従って計算される延滞税の全額を要求する旨を記載しておけば足りるものと解される。これが、現行国税徴収法が施行されて以来三〇有余年(現行民事執行法が施行されてからでも約一三年間)にわたって続けられてきた慣行であり、最高裁判所事務総局民事局の意見を聴いた上で制定された国税庁長官昭和六一年四月一八日徴徴二―八「執行裁判所等に対して送付する滞納整理関係書類の作成について」通達にもそのように定められているのであり、現在でも他の裁判所ではそのような記載を正当なものとして取り扱っているのである。

もっとも、強制競売の開始決定があった不動産に対し滞納処分による差押えを行なった場合には、滞調法二九条二項による通知と国税徴収法八二条一項による交付要求とは一通の「差押(通知)書及び交付要求書」によって行なうこととされているが(国税庁長官昭和五六年二月七日徴徴四―二徴管二―三「滞納処分と強制執行等との調整に関する法律の逐条通達(国税庁関係)の全文改正について」通達)、その場合でも右の理は変わらない。

そして、延滞税は、本税が未納のままで残っている限り発生し続けるものであり、本税が完納されない限りその額は確定し得ないものである。

2  本件交付要求書において、高崎税務署長は、滞納者の申告所得税等の本税に未納があったため、延滞税額が確定できず、そのため、延滞税について「法律による金額 要」と記載した。

そうとすれば、執行裁判所は、右に述べた理由により、高崎税務署長からの交付要求の効力は国税通則法の規定に従って計算される延滞税の全額について及ぶものとして、配当表を作成すべきであったのであり、しかるときは、本件係争になる昭和六三年度分申告所得税の延滞税額は五万六一〇〇円とされるべきである(その余の申告所得税等の延滞税額については、結論的には、執行裁判所が本件配当表に記載したとおりである。)。

3  もっとも、右のように、交付要求書の「延滞税」欄には、その延滞税額が未確定の場合には具体的な金額を記載することなく、ただ、将来国税通則法の規定に従って計算される延滞税の全額を要求する旨の記載をしておけば足りるものとすると、本件のように当初の本税額がその後の一部納付により逐次減少していった場合には、交付要求書には減少後の残存滞納本税額しか記載されないことから、あたかも本税額が当初からその金額であったかのような外観を呈し、執行裁判所においては真実の延滞税額を知ることができず、競売手続が無剰余執行になるか否かの判断が困難となるであろうことは否定できない。しかし、それは、延滞税額が本税の完納まで確定できないものである以上、やむを得ないものであって、民事執行法の本来予定するところであるというべきである。

二  被告の主張

1  高崎税務署長は、本件交付要求書において、滞納者の昭和六三年度分申告所得税の本税額を一万九〇〇〇円と、その延滞税を「要」と記載した。このような場合には、右交付要求の効力が及ぶ延滞税の範囲は、右一万九〇〇〇円を基礎に算出された額に限定されるものと解釈すべきである。なぜなら、交付要求書には、執行裁判所が無剰余による競売手続の取消しを検討し得るようあるいは超過売却になるか否かを判断し得るよう、その国税債権の現在額をそれが算出できる程度に記載すべきであるからである。もし原告の主張を許すとすれば、あたかも、私的債権においても、債権届出の段階では債権額の一部しか記載しないでおいて、後の債権計算書ではこれを超える金額を記載し、当初の請求額よりも多くの請求をなすことを許すことになろう。

原告は、交付要求書提出の段階では延滞税が確定できないことを強調するが、少なくとも交付要求書作成時までの延滞税額は計算できるのであって、国税徴収法施行規則三条が定める別紙第七号書式の「法律による金額 円」の記載も、むしろ可能な限り具体的金額を記載するよう求めている趣旨と理解すべきである。

2  原告は、東京地方裁判所民事第二一部の従前の取扱いこそ正当であって、原告に事前の連絡もなくこれを変更したのは不当である旨をいうが、むしろ従前の取扱いにこそ問題があったのである。

第三  判断

一1(一) 民事執行法(以下「法」という。)四九条二項は、強制競売手続において、「配当要求の終期が定められたときは、裁判所書記官は、開始決定がされた旨及び配当要求の終期を公告し、かつ、差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者、差押えの登記前に登記がされた先取特権、質権又は抵当権で売却により消滅するものを有する債権者、租税その他の公課を所管する官庁または公署に対し、債権(利息その他の附帯の債権を含む。)の存否並びにその原因及び額を配当要求の終期までに執行裁判所に届け出るべき旨を催告しなければならない。」旨を規定し、これをうけて、法五〇条一項は、右の催告を受けた、差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者(以下「先行仮差押債権者」という。)及び差押えの登記前に登記がされた先取特権、質権又は抵当権で売却により消滅するものを有する債権者(以下「先行担保権者」という。)に対し、配当要求の終期までに右の催告に係る事項を届け出なければならない旨を規定して、届出義務を課し、また、国税徴収法八二条一項は、「滞納者の財産につき強制換価手続が行われた場合には、税務署長は、執行機関に対し、滞納に係る国税につき、交付要求書により交付要求をしなければならない。」と規定し、更に、法五一条一項は、配当要求をすることができる債権者として、執行力のある債務名義の正本を有する債権者、強制競売の開始決定に係る差押えの登記後に登記された仮差押債権者、一般の先取特権を有することを証明した債権者を掲げている。

そして、先行仮差押債権者及び先行担保権者が右の届出を怠った場合には、売却代金の分配にあずかることはできるものの(法八七条一項三号、四号)、届出義務の懈怠によって生じた損害の賠償義務を負うものとされており(法五〇条三項)、また、催告を受けた官庁または公署(以下「官公署」という。)は、配当要求の終期までに交付要求をしなければ売却代金の分配にはあずかれないものとされ(最高裁第一小法廷平成二年六月二八日判決)、更に、配当要求をすることができる債権者も、配当要求の終期までに配当要求をしなければ売却代金の分配にはあずかれないものとされている(法八七条一項二号)。

(二) 先行仮差押債権者及び先行担保権者のなす債権届出については、書面または口頭でなし得るものと解されているが、通常は債権届出書によって行なわれており、また、配当要求をすることができる債権者のなす配当要求については、民事執行規則(以下「規則」という。)二六条が、書面でなすことを要求しており、その書面には債権(利息その他の附帯の債権を含む。)の原因及び額を記載しなければならないものとしている。

官公署のなす交付要求については、国税徴収法施行令三六条一項が、「交付要求書には、次の事項を記載しなければならない。 一(略) 二 交付要求に係る国税の年度、税目、納期限及び金額 三(略)」と定め、更に、国税徴収法施行規則(大蔵省令)三条は、「国税徴収法又はこの省令の規定により作成する書面のうち、次の表の上欄に掲げるものの様式及び作成の方法は、それぞれ同表の下欄に掲げる書式に定めるところによる。」とし、「国税徴収法第八十二条第一項(交付要求の手続)の交付要求書」として、「別紙第七号書式」を定めている(右の「別紙第七号書式」が別紙第七号書式である。)。そして、「別紙第七号書式」にはその「本税」欄、「加算税」欄及び「利子税」欄の右端に「円」と予め印刷記載されており、また、「延滞税」欄及び「滞納処分費」欄にはいずれも「法律による金額 円」と予め印刷記載されている。更に、国税庁長官昭和五六年二月七日徴徴四―二徴管二―三「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律の逐条通達(国税庁関係)の全文改正について」通達は、強制競売の開始決定があった不動産に対して滞納処分による差押えを行なった場合には、滞調法二九条二項による通知と国税徴収法八二条一項による交付要求とは一通の「差押(通知)書及び交付要求書」によって行なうものとしているが、右「差押(通知)書及び交付要求書」にも、その「本税」欄、「加算税」欄及び「利子税」欄の右端には「円」と予め印刷記載されており、また、「延滞税」欄及び「滞納処分費」欄にはいずれも「法律による金額 円」と予め印刷記載されている。ところが、国税庁長官昭和六一年四月一八日徴徴二―八「執行裁判所等に対して送付する滞納整理関係書類の作成等について」通達(以下「国税庁長官昭和六一年四月一八日通達」という。)は、別紙国税庁長官通達のとおり定め、その中で、「(2) 交付要求書の記載に当たっての留意事項(別紙1[記載例]参照)」と記し、右「別紙1[記載例]」の「延滞税」欄には単に「要」と記入する記載例を掲げている。

(三) なお、以上のことは、抵当権等担保権の実行としての不動産競売にもあてはまるものである(法一八八条 規則一七三条一項)。

2(一)  ところで、法四九条二項が、前記のように、先行仮差押債権者、先行担保権者及び官公署に対してその債権(利息その他の附帯の債権を含む。)の存否並びにその原因及び額を配当要求の終期までに執行裁判所に届け出るよう裁判所書記官をして催告させており、また、前記のように、配当要求の終期までに交付要求または配当要求をしなければ官公署または配当要求をすることができる債権者は売却代金の分配にあずかれないものとされているのは、強制競売の申立てをした債権者の請求債権額はもとより、届出債権額、交付要求債権額及び配当要求債権額は、いずれも、それが明白な誤記や違算のある場合を除き、原則として売却代金についての分配要求額(請求額)の上限を画するものとして取り扱われており、これを前提に、執行裁判所も、いわゆる無剰余による競売手続の取消しやいわゆる超過売却の有無を検討し(法六三条、七三条一項)、もって以後の競売手続の安定を図ろうとしているからである。

(二)  もっとも、規則六〇条は、「配当期日等が定められたときは、裁判所書記官は、各債権者に対し、債権の元本、配当期日等までの利息その他の附帯の債権及び執行費用の額を記載した計算書を一週間以内に執行裁判所に提出するよう催告しなければならない。」と規定しているが、これは、先に執行裁判所に申し出た債権額(請求債権額、届出債権額、交付要求債権額及び配当要求債権額)を再確認するためのものであって、右計算書の提出によってその分配要求額の拡張を許す趣旨ではないから、右規則六〇条をもって右の結論を左右することはできない。

また、先行仮差押債権者及び先行担保権者の届け出た金額については、それが分配要求額の上限を画するとする点につき異論もあるが、しかし、一旦届け出た債権額についてたやすく拡張を認めることは競売手続の安定を害すること甚だしく、また、先行担保権者が自ら競売の申立てをした場合と別異に取り扱うべき理由も特に見い出し難いから、右の異論にはにわかに賛成することができないものというべきである。なお、前記のとおり、右先行仮差押債権者及び先行担保権者は債権の届出をしなくとも売却代金の分配にあずかれるものであるから、右債権者において債権の届出をしない場合も考えられるが、そのような場合には、執行裁判所が競売申立人から提出された登記簿謄本等の資料あるいは職権によって収集した資料によって、その分配要求額を認定すべきことになろう。なお、これらの者がその債権を届け出ないことによって生ずる損害の賠償義務を負うことは前記のとおりである。

(三)  そして、右のように、請求債権額、届出債権額、交付要求債権額及び配当要求債権額が売却代金についての分配要求額の上限を画するものであり、これを基準として無剰余による競売手続の取消しや超過売却となるか否かが検討され、もって以後の競売手続の安定が図られようとされているものである以上、先行仮差押債権者及び先行担保権者並びに配当要求をすることができる債権者は、その債権届出書や配当要求書において、売却代金についての分配要求額(請求額)を、元本、利息及び損害金に分けて右の趣旨にそうよう明確に記載すべきであり、官公署も、また、その交付要求書に、その交付要求に係る租税債権の金額を、本税、加算税、延滞税、利子税等に分けて右の趣旨にそうよう明確に記載すべきである。

交付要求書に「金額」を記載すべきことは、そもそも前記国税徴収法施行令三六条一項の明定するところであり、前記国税徴収法施行規則三条が定める「別紙第七号書式」に「円」と印刷記載されている趣旨も、また、同書式に「法律による金額 円」と印刷記載されている趣旨も、右のように理解すべきであり、このことは、既に民事執行手続が進行している滞納者の財産に対する滞納処分は民事執行法の手続内で行なう旨を定めて民事執行と滞納処分との調和を図ろうとしている滞調法の趣旨からも十分に是認されるところである。そして、官公署の提出した交付要求書に「金額」が明確に記載されているか否かは、ひっきょう、執行裁判所において金額を具体的に把握できるか否かあるいは金額を具体的に算出できるか否かによって決すべきであり、もし、執行裁判所においてそれらができないときには、執行裁判所は、交付要求に係る金額はないものとして取り扱うことができるものというべきである。

この理は、「差押(通知)書及び交付要求書」によって交付要求をする場合も同様である。

3(一) 以上の観点から本件をみると、高崎税務署長としては、本件交付要求書の「延滞税」欄に、交付要求書作成時までの延滞税額を具体的金額をもって記載するとともに、以後配当期日までの見込延滞税額をそれが具体的に算出できる事項をもって記載すべきであったのである(例えば、本件昭和六三年度分申告所得税についていえば、「平成四年九月一四日現在五万四二〇〇円」、「本税一万九〇〇〇円に対する平成四年九月一五日から配当期日まで年14.6%の割合による金額」と記載する。)。このような記載が、国税徴収法、同法施行令、同法施行規則及び前記国税庁長官昭和六一年四月一八日通達によって禁じられているものとは到底解されず、また、それは、税務署長に不可能ないしは極めて困難なことを強いるものでもない。

(二) しかるに、高崎税務署長は、本件交付要求書本文の「延滞税」欄の「法律による金額 円」と印刷記載された部分に何も記入せず、添付された別紙の「延滞税」欄に手書きで「要」と記載したのみであった。これは、前記国税庁長官昭和六一年四月一八日通達の別紙1の記載例によったものと推知されるが、しかし、右通達はその趣旨や文言(「別紙1[記載例]参照」となっている。)からみて交付要求書の記載例を一般的に定めることに目的があったのではなく、右記載例が単に「要」と記載しているのは、それが当初の本税額になんら減少を生じていない単純な場合を一つの例として想定し、その場合には本税額と納期限とが記載されていれば交付要求書作成までの具体的延滞税額及びそれ以後配当期日までの見込延滞税額は国税通則法六〇条二項の規定によっておのずと算出されることから、あえて交付要求書作成の段階で「延滞税」欄に右(一)で述べたような記載をしなくともよいとし、単に「要」と略記しておけば足りるとしたものであろうと窺知されるのである。そうとすれば、当初の本税額が逐次減少している本件とはその前提を異にするものである。

(三)  ところで、前記のとおり、交付要求書の「延滞税」欄には、本来、交付要求書作成時までの延滞税額を具体的金額をもって記載するとともにそれ以後配当期日までの見込延滞税額をそれが具体的に算出できる事項をもって記載すべきものである。しかし、例外的に、当初の本税額になんら減少が生じていない場合すなわち交付要求書の「本税」欄に記載された金額が当初の本税額と一致している場合には、右交付要求書作成時までの具体的な延滞税額及びそれ以後配当期日までの見込延滞税額は国税通則法六〇条二項によっていずれも算出できるのであるから、これらを「延滞税」欄に記載することに代えて単に「要」と記載することでも足り、これをもって、「延滞税」欄に「金額」の記載があるものと同視することも許されるべきものと解するのが相当である。しかしながら、それはあくまでも当初の本税額に減少を来していない場合に限り許されるべきものであって、当初の本税額が逐次減少しており、それ故「本税」欄には減少後の未納残存本税額しか記載されていないような場合にはもはや許されず、その場合には本来の記載に立ち返り、交付要求書作成時までの延滞税額を計算して具体的金額をもってこれを記載するとともに、以後配当期日までの見込延滞税額をそれが具体的に算出できる事項をもって記載すべきである。そして、税務署長がこの記載を怠った場合には、もはや延滞税の全額について売却代金の分配にあずかることはできず、その場合には、交付要求書の「本税」欄に記載された金額が当初の本税額と同一であるとして計算される延滞税額の範囲にとどまるものというべきである。

(四) このような理解のもとに、執行裁判所は、本件交付要求書の「本税」欄に「一万九〇〇〇円」と、「納期限」欄に、「平成元年五月三一日」と、また、「延滞税」欄に「要」とそれぞれ記載されていたことから(昭和六三年度分申告所得税について。以下同じ。)、国税通則法六〇条二項所定の延滞税率により、本税一万九〇〇〇円に対する右納期限の翌日である平成元年六月一日から配当期日である平成五年一二月二一日までの延滞税額を、次の計算により具体的に算出し、この金額六五〇〇円が高崎税務署長の交付要求に係る昭和六三年度分申告所得税の延滞税額であるとして本件配当表を作成したのである。本件配当表になんら違法不当はない。

1万円×7.3%×61日(161〜1731)÷365日

+1万円×14.6%×1604日(181〜51221)÷365日

=6500円(100円未満切捨て)(国税通則法一一八条三項、六〇条二項、一一九条四項)

4(一) これに対して、原告は、前記のとおり、「本税が未納の間は延滞税額は確定せず、延滞税額が確定しない限り「延滞税」欄には将来国税通則法の規定に従って計算される延滞税を要求する旨を記載しておけば足りるものである。」旨主張する。

たしかに、交付要求書作成の時点で本税に未納がある場合には延滞税額は確定できず、また、将来の配当期日もその時点では分からないからその日までの延滞税額を確定的に記載することも不可能である。

しかしながら、交付要求書の「延滞税」欄に記載すべき金額は、右にいう確定的な延滞税額ではなく、前示のとおり、交付要求書作成時までの既発生延滞税額と以後発生するであろう見込延滞税額の算出基礎となる事項であるから、原告の右主張はその前提を異にするものであって、採用することができない。

(二) また、原告は、「税務署長の提出する交付要求書の「延滞税」欄に単に「要」と記載されていることによって執行裁判所が無剰余執行になるか否か等の判断を結果的に誤ったとしても、それはやむを得ないものであり、民事執行法の本来予定するところである。」とも主張する。

しかし、配当段階に至って税務署長から提出される滞納現在額計算書によって初めてその存在が明らかとなる隠れたる延滞税額(本件においては四万九六〇〇円)は、時として極めて多額に上ることがあり、現にそれが数千万円に及んでいる事例もあるのであって(当庁平成六年(ワ)第一五一八九号事件)、この一事に徴しても、原告の右主張は採用することができない。

(三) その他、原告は、執行裁判所が作成した本件配当表をるる論難するが、いずれも前記説示に照らして採用することができない。

二 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官真鍋美穂子)

別紙<省略>

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